女性の年齢
日本では、昔から、大人の女性に年齢を訊くのは失礼だという考え方がある。日本人同士であれば、初対面で話題にすることはまずない。男性同士でも、特に必要がなければ、敢えて触れない。
他の国ではどうだろうか。
韓国語のテキストによると、韓国では話すときの文体が年齢の上下でまったく違うので、微妙なときには初対面でまず年齢を訊くそうだ。他のアジアの国では、日本と同じだという人もあれば、違うという人もある。同じ国の人で、意見が分かれるときもある。
数年前、社会人留学生の中に、マレーシアの女性がいた。40代のキャリアウーマンであったが、その人のことばを聞き、強い衝撃を受けた。 それ以来、「年齢を訊く」ということに対する自分の考えが変わってしまった。 それを紹介したい。
初対面での会話のトピック。 「初めまして」から始まり、名前や国、学生であれば専門など。 新しい言葉を習い始めると、最初に扱うのは、たいてい自己紹介だろう。 日本語のテキストでも、数字を導入する目的もあり、ここに年齢の言い方が入っていることが多い。 しかし、運用練習のときに、「実際は初対面で年齢を訊くことは特に女性の場合は失礼なのでしない」 というコメントをつけることになる。
そこで、学習者の国について状況をきいたりする。 それまでのクラスでは、「ああ、自分の国でも同じだ」とか、「へえ、日本ではそうなのか」といった反応で終わっていた。しかし、このマレーシアの女性は憤懣やるかたなしという形相で、私にくってかかってきたのだ。
「どうして年齢を話題にすることが失礼なのか。 おかしい。 若いときは気にしないだろう。 なぜ中年以上になると、だめなのか。 自分の年齢に自信が持てないのか。 年を重ねるということは、それだけ人生経験を経てきたということで、誇りにすべきことだ。 それを隠すなんて理解できない。」
もちろん、授業が始まったばかりの時点だから、彼女は英語で言ってきたのだが、要約するとこんな感じだ。
彼女の言うとおりだ。 中学1年の英語の教科書には、 I'm thirteen years old という文があり、皆それを練習する。 この年代で「恥ずかしい」という人はいない。 20代前半くらいまでは女性でも話題にすることに抵抗はないのではないだろうか。 更に、ず~っと進んで、およそ70歳を過ぎても元気な方たちは、割と自分から年齢を言うことが多いように思う。 「ええっ、お元気ですねえ」 と言われることを期待し、また、誇りに感じるからだろう。ところが、その間はどうだろうか。
年齢を訊くのは失礼? なぜ? 若い方がいいから? なぜ? 若い方がきれいだから? 人の価値は若さで決まる? そうじゃないけど…。
理由を深く考えず、私たちは、「女性に年齢は訊かないものだ」と思っている。 もしふいに聞かれたら、ギョッとし、ムッとし、とっさに鯖読んだりする。 しかし、よく考えると、それは自ら、若さというものに最大の価値を置くことだ。 若さから遠ざかることが、自分の価値を下げることだと考えているのと同じだ。
このマレーシア女性は、日本で若い子が妙にもてはやされるのを見て奇妙に感じ、それに異議を唱えたかったのかも知れない。 やたらと「若さ」が偏重される文化- 日本の特徴のひとつかもしれない。 年齢を言わないという女性たちの行動が、不満に思いつつも、自らその文化を育てているのではないだろうか。 そう思った。
堂々と年齢を言う。 いや、言うには、堂々と言えるだけの中味を備えているように努力しなければならない。 人生経験、人間の厚み、知識、落ち着き…。 若さ以外の何かを。
外国人と接して異文化を感じ、そこから学ぶことは多いが、くってかかってきたこの女性から受けた衝撃は、今までで最も大きなもののひとつだ。